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「八百屋の長兵衛」



今年の桜はあっという間に満開になってしまった。

家の周りに何本か桜の木があるのだが、悠長に構えていたら「散り際」さえも見られないで終わってしまいそうである。

ところで最近、またまた「相撲界」が世間を賑わしているではないか。

 メディアが連日トップニュースで「親方問題」をズームイン。

より重要な「政界ニュース」は片隅に追いやられ、「雲散霧消」してしまいそうな勢いである。

さて相撲と言えば、明治時代に生きた八百屋の店主「長兵衛」が思い浮かぶ。

【長兵衛は通称を「八百長(やおちょう)」といい、大相撲の年寄・伊勢ノ海五太夫と囲碁仲間であった。
 囲碁の実力は長兵衛が優っていたが、八百屋の商品を買ってもらう商売上の打算から、わざと負けたりして伊勢ノ海五太夫の機嫌をとっていた。

  しかし、その後、回向院近くの碁会所開きの来賓として招かれていた本因坊秀元と互角の勝負をしたため、周囲に長兵衛の本当の実力が知れわたり、以来、真剣に争っているようにみせながら、事前に示し合わせた通りに勝負をつけることを八百長と呼ぶようになった。(ウィキペディアより引用)】


 大相撲の歴史を紐解いてみればわかるのだが、人々が「ちょんまげ」を結っていた江戸時代の初期から、相撲取りは全国を行脚して多くの庶民を楽しませてきたことが記録されている。

 そもそもこの大相撲は「国技」とされているのだが、いったい「スポーツ」なのか「興行」なのかといった疑問が浮かんでくる。

 もし「興行」と定義するならば「ショー」と言った意味合いが強くなり、高額な入場料を支払って来場された観客に対し、如何に楽しんでもらうかということが主眼となり、そうであれば「勝敗よりもシナリオが大事ということになるのではないか」というのが小生の私見なのだ。

 しかし、大相撲を「競技」としてみた場合、180度視点が変わってくる。

開会式の「選手宣誓」で「我々選手一同はスポーツマンシップに則り、正々堂々と戦うことを誓います。」などの宣誓は古来からの「柔・剣・合・弓」などに見られる武士道に通じるものであり、アマ・プロの垣根を越えて「フェアプレー」の精神が要求されているのである。

ところがしかし、勝負事の世界に「利害(利権)」が絡んでくると「八百屋の長兵衛」ではないが、必ずしもそうは言っていられなくなるから大変だ。

それは何も「勝負師だけの世界」のことではない。右を見ても左を見ても絡み合っているではないか。

大変に厄介で始末に負えない生物、それが人間なのだ。

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